蒼い風
家の庭に立つ大きな木は、風が吹くと大きなうねりをあげ、私に語りはじめるのです。人間の歴史と、この地に眠る多くの魂のことを悲しみと共に語るのです。木は、他の木と共鳴し、ひとつにつながっていると感じます。ずっと昔この地に住んでいた人の心までも伝わってくるのです。
大きな木がある喫茶店で本を読んでいました。その店は、落ち着いた茶色の木の椅子とテーブルがあり、クラシックの音楽が流れていました。このお店に来る人は、ほとんど一人で来る人でした。本を読んだり、書き物をしたりしています。私は、ここにいるとヨーロッパのカフェにいるような感じになり、遠い未来に心を馳せるのです。将来何になるかについて、いつも友達と話しています。友達の夢は小さくて話を聞いていても、ちっとも面白くありません。皆、何才で結婚したいとか、子供は何人ほしいとか、そんな話ばかりです。結婚したいと言っても、どういう人とするかは、何もないようなのです。何の為に結婚するのかわからないと感じ、本気で聞いていてもつまらない話です。私は、結婚したら自分の姓まで変えなければいけないことを悲しく感じました。姓が変わることは、人格も変わり、先祖代々受け継がれた家系からはずれる感じで恐かったです。全く知らない、新しい家に行くのです。先祖代々の家系を断ち切り、いきなり新しい家に入る事が出来るのか不安です。人生も歴史も全て賭けていく感じでこわいのです。それも何に賭けていくのかわからないのです。自分と先祖代々の家を賭けるということは私にとり、長い歴史をも賭けていくことと感じるのです。そんなに重い時や家を背負える人がいるのかしらと考えると、誰一人いないように感じるばかりです。学校の近くには、お墓がたくさんありました。皆の憧れの先生に会いに行く時は、多磨霊園を通っていくのです。お墓ばかりです。先祖代々の墓と刻まれている墓を見ると、私は、ここには入りたくないし、まして永遠に眠ることは出来ないと足がすくむのです。友達に聞きます。
「結婚した相手の人の家の墓に入り永遠に眠ることできる?」
「そんなこと考えたことない」
「最後は、墓に行くのよ」
「好きな人だったらいいじゃない」
「好きな人と永遠に一緒にいれるのかしら、どうしたらできるのかしら」
「そんなこと考えたら結婚なんかできないわ」
「じゃあ結婚したらどうするの」
「わからないけど、只したいだけ」
「それで名前まで変えられるの」
「みんなしているじゃない」
「みんなしていたって、みんな幸せになっている?」
「・・・」
先のない話や、答えのない話はつまらないと感じ、一人になり歩いていると、風は吹くのです。私は、この風を蒼い風と呼んでいます。いつも大きな男の人の存在を感じます。私にとっての理想の男の人は、この大きな木のようにあらゆる生命とつながり、強い人です。いつも黙って一緒にいてくれて、私を支えてくれている男の人を感じるのです。私の心の奥を感じると、私にはみえる光景があります。深い森の中、木々も大地も悲しみで満ちています。只、天から差し込む一条の光だけが、唯一の光であり、生きる道標です。そのことを知っている男の人がいるのです。
蒼い風が吹くと、いつもその人を感じるのです。