KEIKO KOMA

| HOME | ARTIST | 小説麗花1−15 |

更新日 2012-03-19 | 作成日 2008-03-30


小説.psd 

春のときめき

春の足音が聞こえると生きていける、と希望の光が灯ります。
早春の京都、清々しい水の香りが心に薫り、今は辛くても生きていこう、と内から力が生まれたあの瞬間の光と香り、風を覚えています。古の都は先祖の魂の声が聞こえます。先祖の魂に導かれ、ここにやってきたのです。足を運ばずにはいられないのです。誰かを求め、会いに来るのです。が、生きている人には会えないのです。若草の君に会いたい気持ちは現実の事か、幻かと考えます。もし幻だとしたらこんなにも強い気持ちが生まれるでしょうか。人間とは不思議な存在です。
今日も私は若草の君に会いに京都に行くのです。香りを手がかりに京都の街を歩くのです。寒さ残る早春の京都の街を歩き続け、疲れ果て、寒さに凍えながらも早春の風を感じたあの瞬間、私はいつか必ず会えると予感しました。私の胸の内に生きる姫の魂は若草の君の香りを知っています。此処で会えると聞こえる魂の声に涙ぐみその時を待つと決めたのです。
胸の内にある風景は春の野山です。春風に乗って走る姫の胸は出会いを予感し震えていました。
姫が会いたい人は将軍です。闘う勇士が好きなのです。が、決して言葉に表してはならない事を賢い姫はわかっています。いつの日にか会える事を夢に野山を走るのです。春の香りは夢を運んでくれます。夢で会えたら幸せと姫は望みます。悲しい姫の宿命を姫は知っていたからです。姫の胸の内には悲しい宿命が宿っていました。好きな人とは引き裂かれる宿命は姫が生まれる前からの女の人の宿命です。
いつの時にか引き裂かれることのない時が来る事を夢に描き生きたのです。その時はすべての人の気持ちが報われると感じ、未来に夢を馳せたのです。
姫の胸の内に生きる女の人は愛する人をすべて奪われました。死によって奪われ、生き別れる事によって奪われ、この世では共に生きる事は許されない悲しみは姫の胸にも受け継がれていました。
この女の人と姫はつながっているのです。生まれ付き悲しい宿命が宿っている事をわかり、愛する人には気持ちを明かさない事が愛する人の為になると考えていました。
幾世代にも渡りこうして生きてきたのです。身に付いた生き方です。深い悲しみを早春の風は癒してくれます。すべて受け容れ、共に居てくれます。そしていつかは必ず会える事を伝えてくれています。
時を待ち続ける事も姫の宿命でした。時は今ではないとわかりつつも必ず来るとわかっています。 早春の風は悲しみでもあり希望でもあります。今は叶わぬ悲しみ、いつかは叶う希望が入り交じります。
何時の日にかここを訪れる時をと未来に託し、月日が流れ過ぎ、時は来ました。
若葉輝く季節、さわやかな5月の風が吹いています。若草の香りが漂い、呼ばれるように振り向いた時、「姫よ」、と語りかける魂の声が聞こえます。胸の内で感じていた通り、永遠に生きる事を誓った春の野山の光、風までも蘇ります。魂は語り続けます。長き年月耐え忍び生きてきた事、愛を貫き生き続け、地に埋められても必ず会える時が来る事を心に時を待ち続けてきた事を語ります。
ふるさとの野山で生まれた愛は海を渡り、異国の地で生き続け、会えたのです。
永遠なる魂は天とつながる魂です。蘇る時に会えるとわかり、蘇る時を待ち続けました。
この地球上のすべてを抱き、愛に変える光が現れない限り魂が蘇る事は出来ない事も知っていました。胸の内に生きる姫も遥か彼方の世界が開かれ、すべてを抱く光が現れる事を待ち望み、時を待ち続けました。大地に光が灯り、時を知ったのです。閉ざされた大地に光が差し込み、時は来たのです。
真は地に埋められ、作り物が装う古の都の大地に光が差し込んだのです。地に埋もれる魂は魂に伝え、あっという間に蘇りました。一瞬なのです。語らずとも魂は香りでわかります。
真の香りを知る魂は姫の香りを知っています。天と共に生きた姫の魂を永遠の道標とし生きてきたのです。美しい姫の魂に出会い、語りかけていました。姫の悲しみもぬぐわれ、雪解けの音が聞こえてきます。ふるさとでは雪解けの音を桃花水と言います。桃の花が一斉に咲く頃、雪解けの音が聞こえます。姫の胸の内には桃花水の音が蘇りました。
恋しいふるさとに涙し、多くの引き裂かれた魂がひとつになれる日が近い事を春の風は伝えています。