KEIKO KOMA

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更新日 2010-01-09 | 作成日 2008-03-30

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 本音は、瞬間生まれてくる言葉であり、私にとり、時に未来から来る光であり、大地の声であり、魂の声とひとつになって生まれてくる言葉です。私には、光景までも見えます。見えた光景をそのまま実行する時に、自分では、予測もつかない事が起こり、想像をはるかに超える展開が生まれ、いつも驚くことばかりです。その時の驚きと感動は、私にとり表現し尽くせぬ程深い感謝が生まれてきます。神とあらわしたくなったり、計り知れない力とあらわしたくなったり、存在とあらわしたくなります。人生において、この経験程豊かでありがたく感動的なことはありません。どんなドラマよりもドラマチックだといつも感じています。そして、つい「神様が登場するドラマ程面白いものはないよ」と言ってしまうのです。私の人生は、大変ドラマチックです。24才でいだきしん先生に出会い、生まれてきた意味も自分がどう生きていくかも分かりました。
   私の人生のドラマには、先祖高句麗の歴史も登場します。1300年前に日本に亡命してきた時の王、若光王からはじまって、高句麗の元である檀君と呼ばれる神様、高句麗をつくった東明王、高句麗の姫、高句麗を一挙に拡大した若き王、好太王、そして東明王の母、柳花さん・・・。フェニキアの神と地中海まで巡ります。最近では、聖徳太子の心の師であった高句麗の僧、恵慈、聖徳太子の高麗姓をもつ祖母とひとつが明かされると、さらにまた明かされてくる真実に驚くことばかりです。そして、真実がわかると、私の人生は大きく開かれていきます。この人生を経験したら、やめられません。そして今、魂に導かれて「京都」なのです。京都で心模様作品展を開催することも魂の声とひとつになり、未来からの光と出会い、生まれた本音です。場所までみせられました。作品展2日目にして私は未来のある光景が見えたのです。その始まりは、2008年5月の京都でした、と語っている私の姿です。その光景は、歴史的な瞬間をあらわす光景でした。だから今、京都にいる私は、新しい歴史をつくっているのだと、ふと気づいた時、これから始まる人生はさらにドラマチックになるのだと、とてつもなく胸がときめくのです。